夜のはじまり
一日でもっとも好きな時間はいつですか。
もう何年も前からその応えは決まっていて、
ちゃんと用意してある。
それは夜のはじまりの刻。
ちょうど多分地平線に陽が沈みきったすこし後。
深い青へと傾いてゆくまでに、滲んだような、湿気を帯びた
青に包まれる時間がある。
子どものころ、夏、その時間に家路につくとかならず、
もう帰れないような寂しさと同時に、辻を曲がると
ふっとちがう世界へのとびらが用意されているような
はてしない自由が広がっているような、そんな気持ちになった。
その時刻には、決まってある匂いがして、それは今思えば
夜のはじまりの匂い、そしてどこかへ羽ばたけるような匂いとして、
私のキオクにしみこんでいる。
今日帰りがけにその匂いをふっと嗅いだ。
ああ、あの薫りだ。
この薫りは何でできているのだろう。
今宵感じたレシピはこうだ。
□夜のはじまりの薫りの作り方
夏の気配、湿り気、ほのかな風。
それに夜になると生き生きとしはじめる、艶かしい植物たちを加える。
ああ、そうか。
夜は彼らの時間なのかもしれない。
だからその気配にあてられて、ヒトは解き放たれるのかもしれない。